監視を振り切ることに苦労した。何せ人を閉じ込めることが生きがいである施設。
いきさつはどうであれ、この世に生を受けることは「かって」である。母親に生み出されることを望める者などない。機械的な手段で作られることを望める者などいない。考えてみれば全ての命は生まれから例外なく「理不尽」である。親は子を選べないというが、親は子を作ることを選べる。子は親を選べないというが、子は生まれないことを選べない。
一方的ではないか! 実に不平等な条件にある命。
人間皆平等など片腹痛い、不愉快そのものだ! ……とインジュビラが憤ったのだが、それに「そうだね」と答える気さくなヤングメンはそこにいなかった。実験生物に過ぎない自分たちがそんなこと言って何になる、と中ば諦めの境地から見下されたかのような意見はインジュビラの心を深く傷つけた。
「このチキンっ!」
と罵り、掴み合いになったのも今では良い思い出。そう思えるほどインジュビラの心はスカイハイの極みに達している。
何せ空が美しい、鳥が囀っている、木々の葉が風に踊っている!
こんなこと(視界)は初めてなので、心底緩みきって思わずむせ返った。
施設という名の牢獄(*インジュビラ視点)とこの現実世界を比べて理解した。画面の景色も実際の景色も結局は同じ視覚情報であり、光の魔法に過ぎない=ヴァーチャルな景色も肉眼で見る景色も同じ――という理論はアホ極まりないことであると。
『聞こえるか、I列12034!』
晴れ渡る心に鼓膜から雑音が流れてきた。
『現在君は進化都市の境界まで1kmの距離にいる。すでに限界線外だ。そこから一歩でも動けば脳破壊を実行させてもらう』
マイク越しの声は非常に喧しく、インジュビラとしても困った次第である。何より「動けば殺す」などとまるで銃口を突きつけたかのように脅す態度が気に喰わない。実際にはそれより厄介なロックオンが掛かっているのだが、最早インジュビラとしては無関係。外に出て、そして満足できた。満足したからには再び戻ることなどできないので選択肢は結局のところ1つしかない。
インジュビラは高く、高く、雲を目指して飛び上がった。
苦悶は無かった。それよりも、近づく太陽が嬉しかったからであろう。だからこそ、インジュビラの最後は笑顔で飾られていた。
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