魔法の仕組み
物語の中で登場する魔法などの力の発生原理を考察する。ここからは憶測が多い実に不確実な話をする。しかし、これは同時に人間が永遠に証拠を突きつけた上で否定することのできない理論でもある。なぜならこの世界の外側、いや、もはや外とか中とか上とか下とかそういった存在の話ではないからである。
そいつぁいったい何か?と言うと我々の世界の外の世界、所謂四次元世界……といえなくもないようでそうではないかもしれない世界。そして二次元世界……といえなくもないようでそうではないかもしれない世界についてである。あくまで仮定の話であり、魔法などの力を説明するための理論なのでこれをこの世の真理だなどとは考えないでおいてほしい。まあ、その可能性の一つではあるのだが。
私達の世界の反対側には-の世界がある。そのことは先ほど直線やらグラフやらで表した。では、それらはどこにある?主には紙の上である。この紙はつまり、+と-の外側の世界を意味している。さっきの例えを使えばこれこそ四次元である。ここではこの世界を「GP(グダペア)」と名付けておく。
円を思い浮かべてほしい。その円がGPである。そしてその円の中に点を打つ。この点が+と-の世界、つまり私たちの住む世界である。ここでそれぞれの世界の距離を検証したい。
まず、さっきの∞記号を考えてみてほしい。このとき輪のそれぞれの端は0に接しているかどうか。これは先ほどの+と-が合わさると0になるという件で述べたが、それぞれは接することはなくとも形式的には接することができる。+と-が0に接しないのは0までの距離が単に果てしないだけであり、何かが壁となっているわけではない。+と-の間にある壁は0のみである。このことから輪の両端は0に接していると考えられる。ここで大事なことは0とは何かということである。0、つまり無は我々にとって完全な存在しない世界と定義することもできる。
世界と定義したとき、確かに私達にとっては無であるが、その先に世界が広がっているのではないかと考えることもできる。つまり無とは我々が感知できない存在がある世界だと想像することができるということだ。あくまで憶測でしかないが、その先に世界があるかもしれないということは否定できない(だが、完全な無は必ずある。つまり私達が考えている無という場所は本当の無ではなく、それはまた別の世界であり、本当の無はもっと当たり前のように全ての裏側として存在していると考えたほうが自然である。つまり0と無は別物だと考えられるのである。しかし、これはあくまで一つの推測であって事実とは限らない。そんなこともあるかもね!くらいに捕らえておいてほしい)。
話を戻し、GPが存在していると仮定して、それはどこにどんな風体であるのか考えてみる。GPという世界が存在するとしたとき、先ほどの0をもう一つの世界とする理論をこれに当てはめるとGPの世界から見たら私達は何も無いかのように映ると考えられる。つまり、GPの世界にとって私たちのいるこの世界は0ということになる。ここで考えなければならないことはGPにとっての私達の住む世界(面倒なので現界と呼ぶ)が本当に0なのかどうか?ということだ。
世界が折り重なって存在しているとして、その存在や別の世界の見え方が全て一定だといきなり決め付けてかかることは良くない。しかし、所詮は憶測の話なので全ての可能性を挙げているときりがなくなる。よってここではとりあえず定義するといった形で、GPにとっての0は現界だと取り決めておく。
さて、そうするとGPを含めた世界の図は真っ黒い円の中に黒い点が打ってあるという形になる。なぜ円を黒く塗りつぶしたのかというと、GPと現界が接していると取り決めたからである。そしてここで現界と無とGPの明確な違いをしるすこととする。
・ 無=0である。完全に何もない。
・ 現界は私たちの住む世界である。無に行くことができるが、無からこっちに来ることはできない。そしてGPへ行くこともできない。(なぜならGPにとって私たちは無だから。)
・ GPは存在しているが私たちでは感知できない世界である。GPから現界に来ることはできる。
ここで現界から無に行けて、GPから現界に来られるとしたが、そのままの姿でいけるわけではない。存在全てが元いた世界にとっては無のものとなって行くのである、完全に別物となる。原子レベルとかそういうものではなく、存在そのものが消滅したのに等しい変化をすることとなる(そもそもGPや0に粒子というものが存在しているのかもわからない)。だから実際には自然に行き来することは無い。それに、前に述べたとおり、実際には無にたどり着くことはできないのでいけないということになる。しかし、物語の中ではユリオンやリュオンのように到達できるものとして考える。この、無にたどり着けることが様々な力の説明をしていく上での重要なポイントとなる。
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