ブラック・リスト
灰色のジャッカルが住む陸は酷い。
都会から来襲するゴミが散々に散らかり、湧き上がるように発生する腐敗臭が陸全域に蔓延している。とてもではないが正常に人間が生活できるような場所ではない。
その掃き溜めのようなゴミ山を徘徊する一人の少年。紹介したいところだが、昨日産まれたばかりなので名前すら未定。その辺に転がっている廃棄物達なら何か知っているはずだが、返事一つできないガラクタに用は無い。
少年は汚いゴミ山で生まれたくせに、やけに充実した装備を得ている。
隙の少ない鎧は薄汚れてはいるものの、作りからして相当な高級品だと解る。両手にはやけに大きい手甲があり、肘までその手甲に隠されている。少年の背には細くて長い剣が二本装備されており、鎧には体の中心地に沿って青い模様が刻んである。右手には煤だらけの黒い手帳。
手甲少年は薄汚れたマントを当てにしながら、虚ろな蜃気楼を追いかける旅人のように、己に引きずられるまま漠然と歩き続けた。
――幾日経った事か。
歩き続けた末に、少年はその場所に辿り着いた。
目の前に佇む灰色のジャッカルは、黒い手帳の最初にある存在。ジャッカルは忌まわしいナリで自分自身を卑下する。
「やあ、薄汚い少年よ。この姿を見るのは初めてかい? 悲惨な物だろう。今となっては夕日の赤色も月の青い光も、まともに判別できやしないこの肉体さ」
突き立てられた巨大なイカルガが、悲しい怪物の胸部を当たり前のように貫いている。紫色の海から吹き上がる風の塩分が、怪物の傷口を鋭く愛撫した。
「……今じゃもう、過去の話だがね。かつては俺のような奴は重宝されたものさ。よく這い蹲る小さい葦達が媚びた瞳で俺を見上げたものだよ。
……いい気になった。調子に乗って、何でも奴らの願いを聞き入れてやったのさ。我ながら大したものだったよ」
忌まわしい怪物は眉を顰めて愉快そうに笑った。肋骨の中心を貫くイカルガが、怪物の呼吸と連動して軋む。今ではもう慣れたものだが、それでも苦痛は感じる。
灰色の怪物は深く息をついた。すでに砕けてしまった背骨の下の部分、感覚の無い下半身が痙攣を始める。
「目的は解っているよ。まあ、いいさ。丁度この体にも飽きた按配、舞台から退場することに未練は無いよ。薄汚い少年よ、さしあたって一つ、頼まれてくれないか?」
怪物は首を伸ばし、細い頭を手甲少年の前に差し出した。
乱暴に放置された廃棄物の山。山の頂上に座る怪物はもう、何も語らなくなった。
黙り込んだ怪物。手甲少年は背負った極端に薄く、良く撓る二本を両手に握り締めた。酷く汚い陸の上をスキッカーたちが遊行する。
スキッカーの甲高い奇声が響き渡ると、それを上塗りするように鈍い切断音が鳴り響いた。汚れた大気に赤い霧が霧散する。
たった一瞬、狭間の中で潰えた世紀を二つほど跨いだ年季のある命。それは当たり前のことで別に驚いたり否定したりするコトではない。しかし、全ての真実が正しいコトであるとは限らない。
怪物の遺骸に背を向けて、少年は黒い手帳の煤を優しく払いのけた。舞い散る煤は潮風に煽られながら、汚れた大気に混じって何とも区別が付かなくなった――――。
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