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【2024/04/26 06:25 】 |
グラディアス/宝剣

矛盾
 
7・10
 
通学の途中に一匹の猫を優しく撫でる。それが僕の日課。
 
昼休みに三階の男子便所の便器(大)を舐めた。
教室の椅子には画鋲がある。あると知っていても座る。座らなければ教室の隅で鼻血が出るまで殴られる。覚悟を決めて座る。殴られるよりはマシだから。不思議だ、今日はまったく痛くない。ついに痛覚も麻痺したのかな。でも、叫び声はあげる。
クラスは、暖かい笑い声に包まれた――。
 
 
今日は良い日だ。昼休みに無事、無傷で屋上にたどり着くことができた。あと10分は平和な時が流れることだろう。屋上への扉が開かれ、あの人たちが笑いながらここに来るまで……平和な時が続くだろう。
 ふと、自分が怯えていることに気がつく。当たり前で慣れすぎたせいか、今頃になってとたんに気づいた感情。少し寂しい。
「死んだほうがいいのかな……」
そう思ったとき、僕の手は緑色のフェンスを握っていた。生きているのか死んでいるのかも解らない意識の中で、僕はフェンスの上に登りつく。立ち上がる、細いフェンスの上でバランスをとれるはずもなく、僕は前のめりにゆったりと倒れて行く。抗いはしない。
もういいんだ、もう――。
 
学校に行くのが嫌だった。部屋の中で生きていたかった。でも、親が怖くてそれもできない。僕は誰にも逆らうことができないこの世の最下層民なんだ。
死んで生まれ変わりたい。生まれ変わったらまた、人間に生まれたいな。友達とかいっぱい欲しい。もっと、もっと笑って生きたいよ――。
   
風を切って落下する。空気って思っていた以上に硬い。
   近づいてくる地面はまるで死、そのもの。
怖くなる、しだいに怖くなる。
   しかし不思議と心地良い。こんなに興奮するのは初めてだ。
   なんだか、終わりって感じじゃ――ないな…………
 
 
 
 
7・10
 
かつては灰色だった町も、今ではすっかりクリアなガラスのブルーに塗れてしまった。私は軽薄で単調な最近の町並みよりも、かつての質実堅剛で無骨なコンクリートを前面にアピールするかのような景色が好きだった。
 私は天邪鬼なのか? 完成され洗練しつくした最先端の芸術よりも、未完成で不恰好な作品のほうが美しく思える。単に嫉妬深いだけなのかもしれないが、この感性は私の女性観にもそのまま直結する。ある意味、私にとって「完璧な美」とは憎むべきそれに過ぎない。
「浅里さん」
申し遅れた。私の名は「カンパウロ」。『原初の代理人』と呼んでくれても構わない。いや、むしろそっちのほうが良い。ていうかそう呼べ。そっちが私の本名、それが私のあるがままの姿……。
「ぼそぼそウルサイッすよ。浅里さん」
 ああ、世界はなんと広いものなのかっ! この広大で全てに等しく存在する圧倒的で雄大な真理は、今も昔も1ミクロンの誤差もなく、この醜い私を視奴し続けているというのかっ!!
「暇なのはわかりますけど、しばらく黙っていてください。集中できないっす」
 青色の髪を掻きながら、青年は面倒臭そうに呟いた。
「ええいっ、五月蝿い。さっきから五月蝿いぞ光秀! 貴様は黙って仕事に専念してろ!」
 黒色のコートに身を包んだ背の高い女が青年に怒鳴りつける。
「ウルサイのは浅里さんっすよ。トリップするのは良いけどいちいち口に出さないでくださいよ」
「んほぅ。つまり何か、お前は私がジャマだと言いたいわけか?」
「うん、じゃまです。どっかいってください」
「あ、そう。ああ、そうですか! ……ボンショリ・ホホホイ――」
 悲しみのリアクションを残し、女は灰色のコンクリートにしみこむように消えていった。
 
冷たい大気。無情なビルの狭間は影が多い。端整な顔つきの中にどこか不順な、その美に矛盾した面を隠し持つかのような表情。少しペースを乱されたが、光秀(青い髪の青年)は長い裏道を一定のリズムを刻みながら歩きだした。
光秀が歩いているこの裏道を数十メートル先の公道と対比すると、どこか違和感に満ちている……気がする。僅かな違和感。その違和感を確かに感じ取れるのはごくごく一部の人間のみだ。
 光秀は長年の経験からここに倒すべき者がいることを確信した。
一歩、また一歩と歩みを進める。慎重で確実性を好む光秀は、いつでも慌てず堅実に事をこなす。
精神の奥深く、吸い込まれるように感覚が研ぎ澄まされていく。状況に不要な刺激は排除され、必要な刺激を敏感に感じ取る。生まれついての狩人は、その殺意の銃口をゆっくりと、しかし確実に得物のいる方向へと向けていく。その歩みに惑いの様相は微塵も無い。
 
それは突然視界に入ってきた。近代的なビル群に囲まれて、まるでこの世界の影の部分を表すかのようにぽつんとたたずむ廃屋。淀みなく、一定のリズムを保っていた足音が突然止まる。
暗がりの廃屋、その入り口に周囲の影と同化するかのように立ち尽くす少女。その右腕には黒く固まった血がこべり付き、茶色の髪は不規則に乱れ、服は破れて片側の乳房があわらにも晒されている。顔には表情が無く、一枚の絵画のように微動だにしない。
「完全に化けたか……」
思わず光秀は呟いた。彼の脳内を少女の言葉が駆け巡る。
 
「人間って、中々死なないの。早く死んで欲しいのに、できるだけ……苦しくないように」
 
今でも浮んでくる、少女の頬を伝う一筋の涙。思い浮かべるたびにどうしようもなく自分が小さい存在に思えてくる。自分を戒めるように頬の内側を奥歯で強く噛み締めるが、気休めにもならない。
 光秀は心を静め、右目を閉じてたたずんだ。この時彼は必死に己の脳内回路を整理していく。過去がどうであれ、今、自分がしなければならないことは決まっている。余分な情報は削除する。必要なのは経験、クリーチャー(壊れた細胞)の息の根を止めるノウハウ……。
 無言で精神を集中する光秀。その姿に気づいたのか、ゆっくりと動き出す少女。パリパリと右手の血糊が剥がれ落ちた。だらしなく口を開き、自分の首を押さえて身震いを始める。
鈍い炸裂音とともに少女の体が変化していく。太く硬い剛毛が全身を覆い、骨格から体型が変化してしだいに前足の太い狐のような姿へと変貌していく。
咆哮を上げ、自らの体を引っかきながら走る怪物。冷静に見ると、その仕草は苦悩と絶望を精一杯表現しているかのようにも見えた。
 光秀に向けて振り上げられる右の前足には、鋭く重い爪が二本生えている。その人外的な姿を見据えながら心の中で光秀は言葉を一つ呟いた。
右目を見開き、両手を前方に構える光秀。すると、蝶のリンプンのような粉末が輝きながら彼の周囲を舞いだした。それらは一見不規則に舞いながらも、何やら形を形成していく。
眼前の怪物がその腕を振り下ろす刹那、金粉は一振りの黄金の剣と成った。
 金属が擦れるような鋭利な音と共に、怪物の右腕が煌めく粉末となって掻き消える。更なる一振りで怪物の胴部があっさりと消え去り、少女の左腕が力なく落ちる。右目を見開き、剣の柄を握る腕に力を込めて、光秀は黄金の剣を縦に振りぬいた。金属音と共に消え行く少女の体は輝くりんぷんと化して崩れてゆく。
崩壊する体と意識の中で彼女が何を思うのか。それは彼女自身にも理解できない。溢れ出した涙は、瞳と共に散っていった。
 
消えてゆく少女を見つめながら光秀はその場に立ち尽くす。やがて見るべき物が無くなった後も、狩人は虚空となったその空間を見続けていた。
たたずむ光秀の背後の地面に黒い染みが浮き出てくる。そこからヌルリと浅里が出現した。
「今は何も言わないでください、浅里さん。後で好きなだけ無駄口を聞いてあげますから」
 先だって光秀が口を開く。浅里は唇を少し緩ませて
「好きなだけ? そいつは楽しみね……」
 と、嬉しそうに呟いた。
 
 
7・4(十年前)
 
 家に帰ると一枚のメモ用紙と一枚の五千円札が僕を迎えてくれる。
「三日後に帰る」
 メモ用紙に書かれたたった一言の母親に僕は
「ただいま、母さん……」
 と、独り言を呟いた。
 
 小学校ではいつも一人だった。誰も僕に話しかけてこないし、僕が誰かに話しかけることもない。
 授業中・休み時間。その時々に聞こえてくる押し殺した笑い声が、僕に向けられたもののように感じられて苛立った。全部がそうではないのだろうが全部が違うわけでもない。
 学校生活で所々に存在する団体行動がどうにも嫌いだった。僕のいる班は静まり返るか、一部でやり辛そうに盛り上がるかのどちらかだ。二人一組だとなおさら気まずい。そういう状況だと、自分の存在自体がいけない物のような気がした。
 体育祭、文化祭は全部休んだ。休んでも誰が何を言うことも無い。そういう日は一人で家にいた。
僕は、孤独が好きな少年だった。
 
 4年生のある日、二人一組で朝顔を観察する授業があった。始めに先生の言った
「仲の良いものどうしで組め」
 という一言がとてつもなく残酷なセリフに感じられた。
席に座ったまま、ざわつく教室の雑音を聞いていた。時折聞こえる笑い声はやはり邪悪に聞こえた。慣れていたはずだった、そういう状況には。しかし、何だか突然に顔が熱くなってきた。その時の僕は明らかに他の生徒を嫉妬し、そして憎んでいた。
「全部、死ねば良いのに……」
 その言葉を心の中で呟いた。奥歯で頬の内側を噛みながら、何度も何度も呟いた。クラスメートも先生も、親も知らない人さえも――。みんな、皆消えてなくなれば良いと願っていた。
そんな半狂乱の僕の意識に突然、不意打ちのような言葉が響いてきた。
「十川くん」
 いきなりのことだった。凄い勢いで声のほうを見ると、そこには一人の少女が立っていた。
「え? な、ぁ、な・何?」
 その対応は明らかに不自然だった。元から陰口を叩かれるような僕なのに、その評判に上乗せするかのような不気味な表情で僕は答えてしまった。でも、そんな僕を見ても少女は笑顔のままだった。
「一緒に、朝顔の観察しない?」
 少女が、三島 由香里がその時言った言葉は今でも鮮明に思い出すことが出来る。信じられない一言。その言葉は僕にとってあまりにも未知で未体験な物だった。
 僕は立ち上がって教室から駆け出た。どうして良いかわからなかったから。直前までの僕の気持ちとその言葉には、あまりにもギャップがありすぎた。
今でも後悔している。あの時「逃げ」の判断を下した僕は、あまりにも情けない奴だった、と――。
 
散々走った後、どうにか家に辿り着いて部屋に閉じこもった。その日僕は声が枯れるほどに泣いた。どれだけ大きな声で泣いても心配して様子を見に来てくれる人は誰もいない。いつだってそうだ。僕はいつも一人だった。
そんな僕に、これほどにつまらない存在の僕に声をかけてくれた。そのたった一言、ただの一言が僕にはどれだけ大きな言葉だったことか。
嬉しかった。嬉しすぎて……怖かった。死後の世界よりも不明で、空の上の世界よりも遠かった一言が、どうしようもなく怖いものに感じられた。
しだいに逃げ出した自分がこの世で一番に情けない者に思えてきて、死にたくなった。自暴自棄になって夢中で自分を責める。
死に切れない。腕から、首から血が滴っても……死に切れない。誰かに殺して欲しかった。突然で不条理な死を、今すぐに迎えたかった。
 
孤独な家の中の一人だけの部屋。その中で狂った猿のように喘ぐ僕に、一人の女性が声をかけた。
『 美しいわ 』
 
その時の僕にはその言葉の意味するものを悟ることも、その状況を理解することも出来ず、呆然とした。まぁ、それは今でもままあることなのだが……。
 
 
 
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【2010/05/25 05:10 】 | その他のストーリー | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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