精神・魂ってさ
1:物質度(物質硬度/存在硬度)
物には硬さがある。全ての物質には高かれ低かれ「硬さ」がある。その「硬さ」は物質の密度と原子配列によって生じる。
さて、その「物」とは何だろうか。
鉛筆が一本ある。その鉛筆は木材をカットし、加工したモノに黒鉛の棒を挟み込んだものである。さらに突き詰めれば木材と黒鉛の構成元素にまで遡り、さらに微細に考えれば素粒子や電子といった話になる。
ここで大事な事は「物質がどのように構成されているか」ということではない。物質が“構成されている”ことが重要な事。
「素原理(:世界観2参照)は殴れる」という言葉もあるとおり、素原理は触れる。これは「感情は触れる」といっているのに等しい。なぜなら「感情」は現象だからである。しかし実際に「相手が怒っていたので、その怒りの感情を殴ってやった」などとは聞かない。その理由は「硬さが違いすぎるから」。
物質も「現象」である。この世の全ては「存在する」という現象を前提として成り立っている。それは物質・非物質を問わない。「同じ現象なら、同じライン上にあるも同じ。なら、殴れるだろ」というのが理屈だ。
物質か非物質かを分かつのは「素原理を除く構成元素があるか」である。例えば原子などがそれだが、それらがあれば物質である。だから、光も物質なのである(原子も電子も物質)。
だがここでは物質も非物質も関係ない。全て現象なのだから、全て素原理で考えられるということだ。
さて、ここまで見てきて基盤はできた。いよいよ「何故殴れないか」である。
先程「硬さが違いすぎるから」といった。原理集合体(:世界観2参照)として表した時、物質は一列にならない。
PR