3:キメラ
“キメラ(キュマイラ)”は「生物改造」の技術である。最古の直接生態兵器(1~数個の固体で行動を実行できる兵器:例→兵士として活用する)とされ、古くから実験が行われてきた。それこそ数世代前までは、生物に他生物の肉体を移植する強引な実験が行われていた。筋繊維移植など細かい作業もあったが、所詮は無謀で粗野な物である。
朱雀降臨から遡る事60年。時の高名な生物学者(主に西では英雄、東では殺戮者)、ラスティン・フロイスがこの流れを変えた。
ラスティンは「別の個体の物を別の個体の物に無理に入れようとするから上手くいかない。人の体は閉鎖的な村落のような物であり、よそ者が良い顔をされるわけも無い。宗教的思想、育ち学んだ常識が異なるのだから」と、直接的な移植(彼曰く「引越し」)の無謀さを説いた。
生え抜きである。
天才は「ならばその地で産み、育てればよい」と考えた。社会で遺伝子の存在が少しずつ認められつつある時。世の裏ではすでに螺旋構造の解析が行われていた。
間違えてはいけない事は、キメラは「合成技術」ではなく「改造技術」であるということ。ラスティンの右腕、トーマス・アギーはキメラ製作を「情報の移植」と例えた。
「蛇」と「人」。それらの設計図は当然のことながら、違う。家の設計図とパソコンの設計図を照らし合わせることにどれほどの意味があるのか。
全ての生物は進化している。それは退化かもしれないが、とりあえず「変化する」という意味は進化と捉えていいだろう。時には退化も進化に等しい。
「蛇」全て、それぞれ同じ「蛇」という種に見えるが、それぞれには個性がある。ある者は卵を丸呑みにした時こそ最高に気分が良いと感じるし、またある者はカエルをジックリと飲み込む感触が至高だと感じるだろう。それは人にもある「個性」という固体それぞれが持つ特徴である。短いスパンで考えれば「個性」はせいぜい流行とか風潮などということで片付く事もある。だが、それが1万、1億、それほどの規模で眺めてみたら……。
結果としてのことは現在、解らない。しかし、1万年後。その種、もしくはその系譜にあたる種が「卵を丸呑みにする」からこそ生き残っている可能性がある。
『カエルが絶滅してしまい、それができなくなったそれを好む種はストレスが蓄積し、絶滅した。しかし「卵派」は何事も無く生き延びる事ができた』
大げさな例え話だが、上のような話だって考えられる。
例えばここからは人へのヒト以外の種からの移植を例に取ろう。
“情報の移植”とは即ち、個体情報を読み取り、そしてそれを別の個体に読み込むという作業である。例えば狼の“設計図”から「牙という情報」がどのように記されているかを確認する。次に人間の設計図から「前歯の情報」を選択し、それを「牙の情報」に置き換える。これが“情報の移植”だ。移植の際は(ここからの“移植”はすべて“情報の移植”である)それの構成成分に違いや、不可能性がある場合の微調整が必要となる。
染色体の中に設計図は存在し、それを一つ変えれば全てが変わるわけではない。個体の全てがそれを認めなければ結局は「引越し」と同じになってしまう。「癌細胞」はつまり、設計図と異なる「誤った設計図」を書き込まれてしまった細胞であり、それがどの様な末路を辿るかは周知の通りである。手を加えた細胞など、そのまま異物として食われるか「癌」として個体を破滅させるかにしかならない。
細胞は分裂する事によって増加する。
一番手っ取り早い移植は、「最初の一つ」への移植である。もとがその設計図を持っていればその後も全てそれを持つことになる。何せ細胞は全てこのオリジナルのコピーであるのだから。しかし当時は「細胞分裂をしない生きた細胞」を確保する事ができなかった。どうしても既にある個体を変更する必要がある。
60兆ある全ての細胞に移植できればよいのだが、そうもいかない。そもそも日に15兆生き死にしているものを追いかけきれるわけも無い。どうしても限られた物にしか手を加えられないわけだ。
放射線被害の一つに「癌の発生」がある。「癌」とは言ってしまえば「狂った細胞」ではなく「異なってしまった細胞」である。これによる発癌は主にDNAの損傷によって起こる。
新世1950。ラスティンと交流のあった間文雄(はざま ふみお)は各地で放射能被害の状況を調べるうち、あることに気がついた。γ線は細胞そのものではなく、遺伝子そのものの塩基配列に影響を与えているのではないか……と。
その後彼の生涯をかけた20年の研究で、ついに彼はγ線の電離作用による発癌のメカニズムを解明した。
これに強い興味を抱いたのがラスティン・フロイスである。彼は発見者の文雄と共にこれをさらに研究。そしてそれの後をついでトーマス・マギー、カーマイン・リゾットが研究を進めた。
「γ線廃棄」そして、「マクロ置き換え」が完成を見るのは彼らの遺志を継いだリリィ・フロイスが11歳の誕生日を迎える年のことである。また、それら二つの作業を(ほぼ)同時に行う作業を「γ置き換え」と呼ぶ。
「γ線廃棄」によって設計図の構成塩基をピンポイントに破壊し、「マクロ置き換え」によって新たな設計図に書き換える。前者は消しゴムであり、後者は鉛筆である。
リリィは塩基配列を極めていた。彼女は曰く78の言語を理解していたが、その中に「生物語」というものがある。これはつまりDNAに他ならず、そのことはつまり、彼女が何らかのDNAを見ただけで「これは~という生物で~の特徴を持っている」と語れることを意味する。それが犯罪データベースに登録された者のDNAならば、さらに「つまりこれは~(人名)の物だ」と付け加えるであろう。
キメラとは、「遺伝子を書き換えられたもの」。「遺伝子合成」という意味で彼らはキメラと呼ばれるのだ。
問題となるのは相性で、その人物の体が「牙」を生やすことを受け付けるのか、という問題もある。前に述べた「個性」の集合を「進化」の流れとするならば、そのことを知らなければ視野が狭くなる。キメラ製作に重要な事はこれを知る事。「個性」を与えるという事は「進化」を急速に促す事になる。
初期のキメラは「個性」を持ったままであった。例えば翼が生えれば普段も生えている。やがて実用性を考える段階になり、隠匿の重要性が説かれた。そこで感情などのスイッチを入れることで「個性」を出すものが考え出された。
「牙」を与えるという事は、「牙が生えてくる」という情報を書くことである。しかし「怒ると牙が生えてくる」とするのは一層の困難を要する。
進化は段階を必要とする。突然変異は段階を飛ばした進化ではない。一風変わった進化のことを指す。だから個性も普通は日に日に、数ヶ月、あるいは数年かけて行う。
進化や退化を急激に行うことは数年分の細胞分裂を瞬間的に行うことである。この能力を実現し、そのプログラミング(遺伝情報)を行ったのはリリィ・フロイスである。「タイムマシーン(RM:リリィ・マシーン)」と名付けられたこの遺伝情報によって、キメラは第二世代へと移行した。
RMに欠点は無いが、生物には欠陥がある。それは精神という名の弱点。RMはこれに多大な負担を要する為、実用的と考えられた第二世代も今では「欠陥品」呼ばわりである(リリィはこれを放棄するため逃げたという説もある)。
特徴をまとめれば、第一世代のキメラは普段から異形。第二世代のキメラは必要時に異形となれるが精神的に難のある者が多い。
また、金属を精製する特殊型(アーティファクト←機械を搭載した生物とはまた別物)も存在するが、これは化学以外の力も用いている。
現在、「最初の一つ」からキメラを作る技術が確立されつつある。それらは第四世代(リリィ曰く第三世代)と呼ばれ、完璧なキメラと期待されている。
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